シルクロード:突厥之路 4

GRT(グルメトルコ)特集

第二日目:サマルカンド

(タシケント→サマルカンド)


第二日目はタシケントからサマルカンドへ鉄道の旅。

ホテルからはタクシーでタシケント南駅まで移動、朝が早すぎて起きられなかったためやむを得ない措置・・・・。ソヴィエトの大衆車、ラーダのタクシーに乗車。今日も快晴、というのが後にフラグになろうとは思わなかった。

 

・ウズベキスタンの言語

列車は一等車、二人分のベッドが入ったコンパートメントで、自分が乗車した時にはすでに小柄なおじさんがくつろいでいた。

おじさんにウズベク人かと聞くと「そうっちゃそうだけど・・・・」という答え、ウズベク語を知っているかと聞くと「少しだけ」と言っていた。おじさんの名前はアンドレイ、商用で列車に乗っているようだ。どうもロシア人ではあるが「ウズベキスタン国民」のようである。

ウズベキスタン共和国、かつてのソヴィエト連邦を構成したウズベキスタン社会主義共和国は、19世紀末にロシア帝国に編入された歴史を持つ。とうぜんにロシア語は公用語として重要な位置を占めていた。

特にタシケントはロシアとトゥルキスタン(ありていに言えばソ連南部、トルコ語話者が多数を占める地域)を結ぶトゥルクシブ(Турксиб)鉄道の終点であり、ロシア帝国時代にはトゥルキスタン総督府が置かれ、ロシア革命時にはトゥルキスタンにおける革命の前線、独ソ戦以降は工業地帯になるなど、トゥルキスタンの中心であった。したがってソ連崩壊後もウズベキスタンに住むロシア人は一定数おり、ロシア語も第一外国語として重視されている。

かんたんに言うと、観光地に行けばロシア人がたくさんいるし、ウズベク人は外国人と見るやロシア語で話しかけてくる、そういうことである。そしてロシア語は「壁」の向こう側では「インターナショナル」な言語だったからか、英語のようなマイナー言語はまったく耳に聞こえてこない。

ロシア語を知らなければ詰むかと思いきや、自分には大きなアドバンテージがあった!

そう、第二外国語でロシア語を選択した経験と、トルコ語を操れるという強みである。アンドレイおじさんとはロシア語で、ウズベク人とは「トルコ語」で会話ができたのである。

ウズベク語はトルコ語と同じ「トルコ語」の一種であり(ロシア語とポーランド語が同じ「スラヴ語」を構成するのと同じこと・・・・のはず)、「トルコ語」をおおまかにグループ分けした時にはトルコのトルコ語とは別グループに位置するものの、大まかに言えば「トルコ語」である。

そうはいっても国境をまたいでいるので、ウズベク人にトルコ語は通じないのでは?という気がしていたのだが、なんてことはない、こちらがトルコ語をしゃべってあちらがウズベク語を喋ればおよそ半分は通じた印象である。親戚の喋る本物の庄内弁(≠東北弁)よりはわからないといったところ。

どうやら「トルコ人」はほんとうに黒海の南にあるトルコとシルクロードにあるウズベキスタンを(おそらく騎馬で)行き来していたらしい。そうでなければこんなに通じ合える言語を話すことはあるまい、と感じる。

とくに数字が一緒なのは旅行者にはうれしいことである、英語やロシア語で何万ソムと言われても困ってしまう。さらにイスラームを受容したウズベク語はアラビア語、ペルシア語由来の単語、そしてロシア語由来の外来語も多く、これらを使えばある程度は複雑な会話もできた。

ウズベク語を聞いた感想としては、ペルシア語の影響か長母音がôになりがち、トルコ語でaになる音がoになりがち(タシケントをトシケントと言う)、トルコ語にはなくなったgの音があるといったもの。

とくに一番最後はオスマン語、古代トルコ語を勉強した成果が出ておもしろいところ。例えばトルコ語のyeni(新しい)はオスマン語ではyengi(يکی)、古代トルコ語でもyangiと書かれる、つまりトルコ語だけをやっていると意味の分からないgが間にあるのである。

ウズベク語ではこのgをいまも発音しており、ここに来てオスマン語や突厥文字の勉強が役に立つのである。つまりgが置かれるべきところでgを発音すればよいのである。デニズ(海 deniz)はデンギズ(dengiz)なのである。

 

・サマルカンドの砂嵐

そうこうしているうちにサマルカンド駅に到着、ここで「トルコ語」を駆使してブハラまでとブハラからタシケントまでの切符を買ったのち、路面電車で市内へ出発、たしか150ソム。

大統領廟の近くで路面電車は終点となり、あとはビビ・ハヌムとレギストンという二大観光名所を抜けてホテルに向かう。路面電車を降りたころは快晴だったのに、写真にある通り、レギストン広場に着く頃には砂嵐に!

風も強く、雨のように砂も降るということで(どこが碧のサマルカンドなのか・・・・?)と思いながら、帽子で目を守りながら必死で歩くこと一時間、なんとかホテルに到着。

エジプトですら経験しなかった、こんな天気・・・・。

 

永島 育

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