シルクロード:突厥之路 15

GRT(グルメトルコ)特集

第八日目:アルマトゥ

(アルマトゥ→ビシュケク)


・三ヶ国目・カザフスタン入国

タシケントを後にしてわずか一時間、カザフスタンに到着。空港はきわめて明るく、豊かな雰囲気が漂う。ここはカザフスタン、一人当たりの平均所得ではロシアをも上回る、トルコ系諸国ではもっとも「豊かな」国。天然資源の大国・カザフスタン。

入国審査を抜けて、空港のATMでさっそくカザフスタン・テンゲを引き出す。お札も綺麗そのものである。いやおうにもテンションが上がるが時刻は夜、メトロの通っていない空港から市内へはタクシーを使わねばならない。

どの国でもタクシーは曲者である。結論から言うと1000円近く運転手からぼったくられることとなった。これでもずいぶんとトルコ語で交渉したほうである。夜中で疲れていたので仕方なく支払うことにしたが、実に腹立たしい。

ところで泊まったホテルも不思議なところで、オープン・オフィスの仮眠室をホテル扱いにして営業しているところらしく、朝ごはんもパン一枚と貧弱極まりないものであった。旅行中には朝ごはんを多く食べてその日の行程に備えることにしている自分には、この朝ごはんの少なさは極めて致命傷である。加えてスーパーも近くにないという有様で、正直なところアルマトゥはまったく気に入らなかった。


・カザフ人について

カザフスタンもソヴィエト連邦の構成共和国のひとつが前身であり、アルマトゥはカザフスタン・ソヴィエトの首都がおかれていた。カザフスタンまで来るとかなり人の顔もアジア人顔になり、ぐっと東に来たという感覚を与える。とはいえロシア人人口も高いのがカザフスタンの特徴である。看板もかならずカザフ語とロシア語の二つで表記されている。

アルマトゥでは走る車もドイツ車や日本車が多く、壊れかけのソヴィエト車が爆走するウズベキスタンは遥か彼方といった模様である。少なくともアルマトゥの中心街は東京と少しも雰囲気が変わらないほどである。

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ただアルマトゥは高原都市、街路樹は豊かで風も涼しく(冬は極寒だろうが)、南を見れば天山山脈が構えている。建物も洗練されたものが多く、表面的には素晴らしい街である。

トルコ語、ウズベク語、カザフ語はそれぞれが「トルコ語」に属しながらも異なるグループに分類されており、カザフ語は比較的トルコ語からは遠いほうに属する。しかし話そうと思えばカザフ人とも意思疎通ができた(タクシーの運転手と交渉はできた)ので、やはり「トルコ語」は偉大である。


・草原を往くバス

アルマトゥは実はもともと行く予定はなかった街であった。だから滞在は一晩だけ、即座に南隣のビシュケク(キルギス)に向かう。交通手段はバス、五時間ほどの道のりである。

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アルマトゥ西部のサイラン・バスターミナルにまずは向かう(バス移動、ここで切符の買い方を教えてくれたカザフ人のお兄さんに感謝、彼がいなかったらアルマトゥへの印象は最悪なままであった)。ビシュケク行きのバスは頻繁に出ているらしく、構内に入るとすぐに看板を発見、即座に切符を購入してプラットホーム?に入場した。

その前に大事な情報、ここで余していたウズベキスタン・ソムをキルギス・スムに両替することができた。しかしここでは気が付かなかったが、手持ちのウズベキスタン・ソムは(何枚かの紙幣だったのに)少額すぎ、キルギスでは何の役にも立たなかった。テンゲもあまり余すことなく、アルマトゥから出発することに・・・・。

さて、バスである。しばらくすると豊かなアルマトゥが幻想であったことを示すかのように、ひび割れた道路と崩れそうな建物が並ぶ地区を通っていく。そのあとである。

カザフ草原の真ん中を走る、車窓には平らな草原、点在する白いユルト(遊牧民のテント)、青い空。色でいうなら濃い緑、碧に白しかない。車は国境に向けて徐々に山を登り、緑は薄く、青は深みを増していく。ときおり山壁が切れると見えるのは地平線である。

 

永島 育

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